千原徹也さん、なぜレモン!?
――今日はれもんらいふ、喫茶檸檬を手がける千原徹也さんにお話を伺います。そもそもなぜ「レモン」なのでしょう?
千原徹也(以下、千原):実業家の遠山正道さん(株式会社スマイルズ代表取締役。スープストックなどを手がける)が名付けてくれました。意図はわかりません(笑)多分僕が金髪だから、とかそういうレベルだと思います。遠山さんが運営されているスープストックや、スマイルズってすごくいい名前じゃないですか。遠山さんに名前を付けてもらったら、御利益があったり縁起がいいかなと思って。それで会社立ち上げ時にお願いしたら20案ぐらい送ってくれて、そこに「れもんらいふ」があったんです
――そこにビビっと来たのですか
千原:いや、ビビっと来たというよりは、それぐらいしか良いのが無かった(笑)元々僕が付けたかったのは、バンドの「はっぴぃえんど」みたいな名前。ひらがなだけど、なんか格好いいみたいな。そういう名前の会社をやりたいなと。ひらがなの感じにして欲しいのは言ったんです。いろいろありました。「いちじくとちはら」とか、「かーてんれーる」とか・・
――全然しっくりこなかったのですか
千原:その中でまだ「れもんらいふ」なら何か自分の中で消化できそうな感じがして、一度それで考えさせて欲しいって伝えて
――「れもん」を12年背負ってきて、いかがですか
千原:名は体を表すというか。結局どれだけダサい名前でも、(格好良いものを)作り上げていけばいいんだなと。元々僕は「なんとかグラフィックス」とか「なんとかデザイン」という名前は嫌だったんですよ。最初は「れもんらいふ」が恥ずかしくて「なんだこの名前」なんて思ってたけど、でも自分のデザインはひらがな的というか、ちょっと素人っぽさとかわいさと、英語っぽくもなく、漢字っぽくもない、ひらがなっぽいデザインだなと。それが「れもんらいふ」という名前と段々整合性がついてきて、周りからのインタビューでも「『れもんらいふ』っぽいってこんなことですよね」とか、形容詞みたいに言ってくれるようになりました。
「れもんらいふ」っぽさ、空気は周りが作り上げてくれる。だから自分も「れもんらいふ」ってどんな感じだろう?って自ら寄って考えたりして。例えば桑田佳祐さんとかもさ、ソロでやるときは自分本来の曲を書いているけど、サザンオールスターズの曲を作るときって「みんなが思うサザン」に寄せているというのがあると思います
「れもんらいふ」らしいデザイン
――デザインの文字組みに、れもんらいふさんらしさがあるなと感じます
千原:会社は12年前に立ち上げましたが、デザイナーは皆、自分の特徴って何だろう、アイデンティティって何?と悩むわけです。デザイナーなんてごまんといますから。でも特徴がある会社が生き残っていますね。その会社である意味をちゃんと持ってるところが。 でも自分の作品は必ずこういう書体にしてみようとか、自分の個性をあえて作り上げていっても駄目ですね。やっていくうちに、周りが言ってくれるもの・・「れもんらいふ」ってこういうことだよね、ということに、いつの間にか統一感が出ているという感じですかね
――かつてマクドナルドのクーポン券のお仕事もされていましたが、キャリアを振り返ってその経験はいかがでしょうか
千原:実は僕は映画を仕事にしたかったんですよ。映画の中の、照明なのか、監督なのか、俳優なのか。いろんな役割がある中から何がベストかなと思ったときに映画のデザインをやりたいと思っていました。じゃあ映画の中のデザインって何をするかというと、映画の「画」は監督が作るから、文字なんです。だからタイトル文字とか、そういうのものから文字に興味を持ちましたね。例えばマーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』とか。映画が始まるときの文字の出方が大好きなんです。車が高速道路をすごいスピードで他の車を追い抜いていくんですが、ヒューンという音とともに文字がヒューンって出て消えるわけですよ。それが格好いいから、その書体は何だ、とかそういうことを調べ始めて。これはソール・バスという人が作っていて、彼の肩書きを見るとグラフィックデザインとあって。そういう仕事があるんだというところから段々デザインに興味を持ったんです。
マクドナルドのクーポンを担当したときも文字デザインに憧れていたけど、ある意味よかったのは、細かいところにどれだけの情報量詰め込むか、とか、何を削って何を大事にするかとか、こういう場合は文字を太くしないと見えないとか、それをすごく学びました。だから自然と今もポスターやチラシ作ると、ぱっと見たときにどこにまず目が行けばいいかとか、この情報は何ポイントぐらいのフォントサイズ感でやるのがいいかとか、この情報は明朝、これはゴシックが見やすいよねとか、そういうのがもう肌感覚でわかるのはマクドナルドの仕事のおかげです
――「れもんらいふ」らしさは周りが作ったとも言えるとおっしゃってましたが、千原さんから見た愛媛や柑橘農家はどう映りましたか?
千原:僕は特にレモンが好きだったり興味があったわけではないです。でもれもん(らいふ)の名前を背負いはじめてからは、レモンが大切なものになってきていて・・何かスイートなものというか。だからレモンと名前がつくものには興味が湧くし、好きになっていく。名前に気持ちが寄っていってますね(笑)愛媛に行って「私はレモン農家です」とか言われたら、僕も農家をやってみたいな、とかそういう気持ちになる。10年以上れもんらいふとしてやってきて、愛着が出てきたんでしょうね。レモンって言葉に
――レモン農家以外に、愛媛に何か感じた魅力はありますか?
千原:愛媛は東京と比べると田舎ですよね。でも「れもんらいふ」のデザインは田舎に合うんですよ。なんか「渋谷の何々」とか言ってますが
――(笑)それはどういう意味でしょう?
千原:やっぱり何か洗練されてないというか。田舎はそうですよね。それはいい意味で。例えば東京の汐留とか行くと、建物が洗練されているわけです。ああいうデザインを僕がやってもしょうがない。危うさとか、駄目なところがあったり、でも何かかわいいよね、というのが「れもんらいふ」のデザイン。それが合うんです。
何か一緒にやったら面白いなというのはすごく愛媛に感じました。富士吉田(れもんらいふが運営する喫茶檸檬のある山梨県の都市)もそうですね。危うさとか、全てが上手じゃないというか、洗練されていない。ちょっとした適当さとか。そこがかわいいねって言えるのが「れもんらいふ」の特徴なんですよ。今わかった(笑)
洗練されてないデザインの魅力
――例えばですが、佐藤可士和さんのデザインとは千原さんは対極にあるんでしょうか
千原:対極ですね。可士和さんのデザインには自分にはできないから憧れる部分はあります。でも可士和さんのデザインにも、こんなこと言ったら失礼だけど、危うさもあるんですよ。そこがいいんだと思いますよ
――意外です。可士和さんのデザインにも危うさがあるんですね
千原:デザイン界の重鎮で、葛西薫さんとか、原研哉さんとか、あとはタイポグラフィで有名な人であれば浅羽克己さんとか。ああいう人たちって、寸分の違いのもないぐらい、素晴らしいデザインをするんです。でも可士和さんが突き詰めることはコミュニケーションだから。そういう意味ではみんなが受け入れやすい危うさみたいなものがあると思う。
「危うい」とか「かわいい」が無いと一般の人には広がらない、洗練されすぎてるとちょっとみんな引いちゃうんです。一度、あれ?って思えるものでもそれがみんなに定着していくすごさがあります。そこが可士和さんのすごいところ。そこも踏まえてやっているんです。でも、デザイナーって、周りからいいデザインと言われたいから、もっとおしゃれなものにしちゃうんですよ。でもそこを、コミュニケーションをいかに真ん中に置いてやるかという人だと思う。そのイズムがあるんです。色使いを見てもそう思います
――可士和さんらしい色使いがありますよね
千原:例えばグリッドとか細かくやっていると思うのですが、でも何かデザイナーらしくないんですよ。お医者さんに近いのかな。例えばデザインでタイポグラフにこだわっている重鎮の方々なら「3日でロゴデザインを作って欲しい」と言ったら「できません」と怒ると思います。「デザインは簡単なもんじゃない」ってクライアントに怒って、「お前ら馬鹿にするな」ってなると思いますけど、多分可士和さんだったら、ハイって言ってやっちゃう。やってしまう人。そこの差じゃないかな。3日でコミュニケーションをちゃんと作れる人だと思います。
僕はオリンピックのロゴも可士和さんがやるべきだったと思っています。多分、10年、20年後に世界が納得するデザインをできたと思うんです
――1964年の東京オリンピックのロゴもシンプルでしたね
千原:あれは亀倉雄策さんの作品ですが、世界のデザインの洗練されたものの最高峰ですね。オリンピックのロゴで言うと、未だにあれが世界でベスト1だと言われています。あのデザインから近代オリンピックが始まったと言われていて、それまでは古代オリンピックというか、ポスターもどちらかというとアール・デコとか、アール・ヌーボーのアルフォンス・ミュシャのような、アテネや古代をイメージさせるデザインのものが多かったんですが、東京オリンピック1964で初めてポスターを4種類作るとか、あとピクトグラムという、標識で文字を読まなくても競技がわかる仕組みを初めてやって。世界に日本のデザインを轟かせようという一大プロジェクトだったんです。
今の日本はあれを超えれないんですよ。なので僕はデザインはあのままで、2020とするのが正解だと思うのですが。東京オリンピックはもう何度目でも年が入れ替わるだけという。それが一番良かったと思うくらい素晴らしいですね。
あんなにシンプルなデザインはないですよ。古いもの、良いものを、どうしてもやっぱり行政は予算をつぎ込みたいというか、いろんな理由があって、新しく作り直すじゃないですか。国立競技場だって建て替えないであのままやればいいと思っていました。あのまま、補強して一部門をかっこよくするとか、そういう手法で。この間、京都の京セラ美術館に行きましたが、元々京都市美術館が古い明治の建物で、良さを残したままリノベーションしていました。ホテルオークラとかも結局元々のデザインを生かしたものですね
喫茶檸檬のレモンは愛媛・大三島産!その理由は
――喫茶檸檬では今治・大三島のレモンを使用されていました。何か魅力を感じましたか
千原:例えば同じようなものを作ってるところが近くにあれば、それでも良い、ということもあると思います。でも僕が大事にしているのは、例えばある人を紹介してもらって、その人に会って、人となりやどういうことをやっているかが理解できて、そのモノがどんな土地で作っているか知り、それを体感するという、このプロセスが遠方とのコミュニケーションで重要だと思います。
レモンの味や、無農薬栽培だとかいろんな理由はあるにしても、やっぱりその人とのコミュニケーションが大事だと思うんですよね。愛媛に呼んでもらって、一つコミュニティが生まれたことを大切にしたいというか
――その土地の魅力はあるにせよ、結局は人なんですね
千原:僕も大三島には紹介してくれた人がいなかったら、一生行かなかったかもしれない。でも大三島を知って興味が湧いて、土地の人と触れ合って、何かその関係を続けたいし、そこから何かまた新しいものを生み出したいじゃないですか。それが多分その土地でやる理由なんですよね。人ですよね。お金だけで考えたら、関わらなくてもいいと思うんですよ
――お金だけを目的としたら、東京で何かするのが一番効率的ですね
千原:効率が良いことって、何かつまらないですよ。効率の良いことがビジネスにおいてはすごく叫ばれているし、本屋さんには、いかに効率よく仕事をするかというビジネス書がいっぱいあります。ならば僕は効率悪くいきたいよねって思います(笑)そこに何か面白さと、アイデンティティと、新しいアイデアがつまってる気がして。効率良くやれることは、その結果がお金しか生んで無い。何かロジカルにそのまま突き進むと効率なのかもしれないけど、僕たちが求めているは情緒とかエモーショナル。それを作っていくには寄り道も必要だし、と思います。
今特にコロナ禍があって、効率重視の世の中になってきてると思うんですよ。例えば(物理的に)行かなくてもいいよね、と。会社に行く必要性ないよねと。確かに仕事は会社行かなくてもできるんだな、と気づいた部分はあると思いますが。でもその行かなくてもいいところに行っていたから、アイデアが生まれて、ちょっと面白い雑談とか、隣の席の人の話を聞いて昼休みにご飯食べたことで、何かやりたいことが生まれるとか、そういう何か余白が一切無くなってしまって。だから余白が必要ですよね。そういう意味では地方とか、もう全部非効率でしょ。間違いだらけなんですよ。だから面白いコミュニケーションが生まれる
千原さんの考える「まじめ」は非効率!?
――最後の質問です。千原さんにとっての「まじめ」とは何でしょう。千原さんは「まじめ」ですよね?
千原:「まじめ」・・難しい質問ですね。まじめな人は非効率だと思います。まじめだとやらなくていいことをやる。例えば怒ったりとか・・。真面目な人は怒るんですよ。その労力はいらないよね、と言われたらそうなんですが
――「怒って一悶着」が無い方が、効率的ですね
千原:真面目な人は非効率。ここは手抜けば?ということができないでしょ。真面目な人たちって
――千原さんの印象は「やらなくていいことをやっちゃう人」ですね。でもそこが大事というか
千原:そうですね。だから真面目な人って人間味があるってことかもしれません。良い意味でも悪い意味でも人間味があるという。「あの人なんか・・いらないことばっかりやって」みたいな
――怒る人で言うと僕の周りにも非効率な人がいて、一度怒りが爆発するんですよ。でも結果全部が終わって、あの時爆発してよかったね、となります
千原:よかった、とならない時もあるけどね(笑)
富士吉田でのインタビュー風景
千原徹也(ちはら・てつや)
アートディレクター/株式会社れもんらいふ代表
1975年京都府生まれ。
広告(H&Mや、日清カップヌードル×ラフォーレ原宿他)企業ブランディング(ウンナナクール他)、CDジャケット(桑田佳祐 「がらくた」や、吉澤嘉代子他)ドラマ制作、CM制作など、さまざまなジャンルのデザインを手掛ける。 またプロデューサーとして「勝手にサザンDAY」主催、東京応援ロゴ「KISS,TOKYO」発起人、富士吉田市の活性化コミュニティ「喫茶檸檬」運営など、活動は多岐に渡る。そして、現在は新たな展開として、初の映画監督作品に取り組んでいる。